「寡黙なる巨人」
こんにちは🌞
今日は、「寡黙なる巨人」について紹介します。2007年に癌との闘いを締めくくった「多田富雄」氏の著書です。免疫学者として優れた業績を残し「能楽」の作者としても名を残しました。
この著書は2001年に脳梗塞を発症し一命は取り戻したが半身不随 と声を失った多田富雄氏の終期の非日常を嘘、偽り無く綴ったものです。
2007年に「小林秀雄」を受賞しています。
一命を取り戻したが、それはもう一人の多田氏自身が障害を身に纏い存在したもので、
もう殺してくれと言いたくなる程の過酷さ、痛さ、不敏さ。この様な内容が苦手の方は読まない方が良いでしょう。
只この過酷な事実はそれだけでは無く、我々もいずれは通る道です。
勇気を与えて頂けます。医師になり初めて受け持った少年が重い腎臓病で治療の末に亡くなった。
その経験が壮絶な戦いを生きる大切さを教えてくれたと言います。人は安易な習慣を送っていると気がつかない事が多い。
困難に出逢うことでそれが良く解るのだと
痰が切れないから息が苦しい、嚥下も出来ないので食べることが出来ない。
そして受苦は魂を成長させ今出来ることを探り新たな自分に変身させるか。
障害に立ち向かえず更なる内に閉じ籠り人格破壊するか。当然、前者で有りたい
人間の尊厳とは何か、健常者と障害者とは、死に方とは、生きる実感とは
「寡黙」とは言葉を失った事と黙々とリハビリに励むが頼りない己の身体
「巨人」はこの自由に成らない体を、新たに産まれた自分としているのでしょうか。オール・ザ・サッドンとは「突然、前触れもなしに、不意に」と言う誰にでも襲い掛かる可能性が有るものです。
「生命の衰弱」この文字には妙に腑に落ちた。
生きる実感の回復は安易な習慣からは生まれないものなのか。
今までに無かった良くも悪くも新たな出来事が切っ掛けなのだろうか。
その現実が大きければ大きい程より大きな「生きる実感」となるように思えました。
多田富雄氏には「能楽」があった、これに撃ち込めた
奥様も医師で頼りになる存在であったでしょう。社会や政治はマイノリティに屈辱的な制度を推し進める。
死とは理屈ではなく感覚で恐ろしくもあり幸福でもある。
紳士たる多田富雄氏の言霊です。